【日本語学】

漢字

「経世済民」の「済」って?中世日本語の漢字の研究

白井純先生

 

広島大学

文学部 人文学科 日本・中国文学語学コース(人間社会科学研究科 人文社会科学専攻)

 

 出会いの一冊

はじめての言語学

黒田龍之助(講談社現代新書)

日本語学は、言語学(言葉の仕組みや成り立ちを明らかにする学問)の一部です。この本は、私が大学1年生向けの授業で推薦している図書ですが、言語学の魅力がよくわかります。日本語だけでなく、外国語を勉強する人にもお薦めします。

 


 こんな研究で世界を変えよう!

「経世済民」の「済」って?中世日本語の漢字の研究

「済」は「すむ」「すます」だが

皆さんは漢字「済」の意味を知っていますか。

 

「済」は「一般の社会生活において、現代の国語を書き表す場合の漢字使用の目安を示す」ための「改定常用漢字表」の「音訓表」では、「すむ」「すます」の和訓を持っているので、熟語「決済」「返済」の意味はよくわかります。

 

では、「経世済民(けいせいさいみん)」はどうでしょうか。「済む」の意味では理解できないですね。その意味は、「世を経(おさ)め、民を済(すく)う」で、「済」は「すくう」とも読め、もともとは「救」と一部で同じ意味を持っているのです。「救済」という熟語を思い出せば納得できるでしょう。

 

熟語として意味を固定

 

日本語は中国語から大量の漢語を取り入れました。そして次第に、個々の漢字に代表的な和訓が定着し、他は廃れてゆきますが、様々な熟語が多様な意味で使われてもいました。

 

「多士済々(たしせいせい)」といえば、「済」の意味はわからないけれど、熟語の意味として「優れた人材が多ということだろう」と理解できます。日本語は、個々の漢字の意味を和訓によって理解して、それを組み合わせて熟語の意味を理解するのではなく、熟語として直接、意味を理解するようになったのです。

 

イエズス会が出版した漢字辞書から

 

では、その漢字と和訓の対応とは、どのようなものだったのか。どのようにして現在に至るのか。私はそのことを、16世紀末から17世紀初頭の日本でキリスト教の宣教を行ったイエズス会が出版した漢字辞書『落葉集』から解明しようとしています。彼らは外国人として、日本語を学習して正しく使用するために強い向学心を持っていましたが、そこには、中世日本語の日本人の漢字使用の実態が浮かび上がってくるでしょう。

 

「山水之隣 風雨相済」

 

最近、私の勤める大学に、コロナウイルス対策でマスクが不足していることを知った中国の企業から、「山水之隣 風雨相済」という言葉とともにマスクが送られてきました。この言葉は私たちを励ますものですが、日本人には難しいかもしれません。

 

しかし、皆さんはここで一つ勉強をしましたから、もう理解できるでしょう。様々なことばを正しく理解することは、その人の知識と世界を広げてくれます。英語などの外国語の習得だけではなく、日本人がふだん使っている漢字の知識を深めることでもそれは可能だと、私は考えています。

 

キリシタン版『落葉集』1598年刊(フランス国立図書館蔵)

日本語の文献は海外の図書館にも所蔵されているので、これまでに10カ国以上で調査しました。キリスト教宣教師が

編集した『落葉集』は2200種類の漢字から構成される辞書ですが、熟語「敗北」の「北」の読みは「きた」ではなく

「にぐる(にげる)」であり、熟語の意味を反映しています。

 先生の専門テーマ<科研費のテーマ>を覗いてみると

「中世末期から近世初期の常用的漢字と常用的和訓についての横断的研究」

詳しくはこちら

 

キリシタン版『日葡辞書』1603-04年刊(ブラジル国立図書館蔵)

キリスト教宣教師が日本語にポルトガル語で注釈を加えた辞書で、キリシタンの日本語学習の結晶であり、

32,000語の項目を誇る当時最大の国語辞書です。2018年にリオデジャネイロでの文献調査で発見しました。

 どこで学べる?

「日本語学」学べる大学・研究者はこちら(※みらいぶっくへ)

 

その領域カテゴリーはこちら↓

20.文化・文学・歴史・哲学」の「82.文学、美学・美術史・芸術論、外国語学」

 


長野県宮田村での文献調査の様子。旧家の土蔵で保管されていた江戸時代の本の内容を調べて記録します。

長野県は気候が乾燥しているせいか、保存状態が良い本が多いです。

 もっと先生の研究・研究室を見てみよう

研究室での一コマ

 中高生におすすめ ~世界は広いし学びは深い

背教者ユリアヌス

辻邦生(中公文庫)

私が大学生になって最初に読んだ本で、北海道の新緑のもと、木陰で風に吹かれて読んだ、思い出深い本です。ローマ帝国皇帝で、キリスト教を廃してギリシア哲学を愛好したユリアヌスの一生を描いた歴史小説です。哲学思想、特にキリスト教への関心が生まれました。



「国語」の近代史 帝国日本と国語学者たち

安田敏朗(中公新書)

支配力を強めたい近代国家が必要とするものは、国語の根幹となる標準語です。方言を統一した標準語は植民地での同化政策にも不可欠だからです。言語の持つ負の部分を事実に基づいて明らかにした研究書で、物事を斜に構えて見ることができる人にお薦めです。